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Yさんのフィルター [Diary]

総務の人と採用面接の話をしてたら、Yさんのことを思い出した。

Yさんは、学生の頃アルバイトをしていた書店の副店長だった。

Yさんのことを好きな人は誰もいなかった。ひねくれていてケチで意地悪で気分屋で小心者でえこひいきだった。その上えこひいきの対象がころころ変わった。

一言でいうと、ロクでもない男。

でも個人的に不思議と気になる存在だったのは、たぶんそのひねくれ方が、どことなくそのプロセスを追求したくなるようなひねくれ方だったから。どんな過程を経て人はこのような人格になるのか、子供の頃のことを知る人に聞いて回りたいような。

開店時からずっとアルバイトの面接を担当していたYさんに「人を見る目」があることは明らかだった。

Yさんが面接して採用したメンバーは、仕事の面でも人間性の面でもいわゆる「当たり」の人たちばかりだった。短い面接だけで判別できるはずのない、言葉では説明しがたい微妙な要素まで、フィルターで濾過したようなつぶのそろい方だった。

その時期店を支えていたのは、そして店の雰囲気を作っていたのは、間違いなくYさんが面接したメンバーたちだった。今でも当時の全員の顔と名前をはっきり覚えている。

Yさんはロクでもない男だったので、そんなメンバーたちからさえ忌み嫌われていたけど、それでもみんな文句を言いながらYさんの下で働いていた。

Yさんという存在の中にある、ある種の「仕方なさ」「どうしようもなさ」みたいなものを、全員が理解し共有してるようなところがあった。Yさんとたまに酒を付き合う度量のある者さえいた。どうせロクな話はしないに決まってるのに。

この店のクオリティと雰囲気が、Yさんのフィルターによって維持されていたことを誰もが痛感したのは、Yさんが別の店の店長を任されることになって店を離れ、代わりにやって来た新しい副店長が面接したメンバーが入ってきたときのことだった。



Yさんがいなくなってすぐ、ぼくは店を辞めてしまったので、その後のYさんの消息は人づての噂でしか聞いていない。

聞くところによれば、別の店の店長として着任した数ヶ月後、アルバイトのほぼ全員が集団で辞めてしまい、その責任を問われて店長から降格されたという話だった。

自分以外の誰かが面接したバイトたちから集団離反されるYさんを想像すると、不思議に悲しい気持ちになった。

その人格のロクでもなさと、短い面接でこうも確実に人を見抜く力はどのようにして彼の中で両立するに至ったのか不思議だったけど、後になってみれば、彼が長い時間をかけて身につけたそのフィルターを通じて自分を守っていたのだということがよくわかる。

そう思うと、よけいに悲しい気持ちになった。いったい何が悲しいのかよくわからないけど。



何年か前、用事があって実家に出かけるバスの中から、Yさんにそっくりな人を見かけた。

顔や体つきはYさんにそっくりではあったけど、背中が大きく曲がって、両手で杖をつき、足を引きずりながら横断歩道を渡るその姿を見て、たぶん人違いだと思い直した。

それからまた、その場所が以前Yさんが住んでいたアパートのすぐ目の前の交差点だということに気づいた。振り返ったときその人の姿はもう見えなかった。



自分自身、Yさんに親切にしてもらった記憶もないし、褒められた記憶もない。でも一応、あのYさんのフィルターを通過したんだという事実は、ある種の微妙な自信(みたいなもの)になっている。

ちなみにぼくと妻は、その店のアルバイトとして知り合ってるので、「Yさんのフィルター」が結びつけてくれたと言えなくもない。

妻は、Yさんがその店で最後に面接したアルバイトなのだった。
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