マンダラートには「中心」がある [マンダラート]
そんなわけで、家庭事情(妻=Tの体調不良)により、仕事が大炎上してる最中にもかかわらず、会社を休ませてもらっている。今週でちょうど2週間。
休んで何してるかといえば、毎日3食ごはんをつくり、漢方の先生に指示された薬膳(的なもの)をつくり、食器を洗い、洗濯をすること。そして、家にちゃんといて、会話をすること。
それだけ。とても簡単。
とても簡単なことなんだけど、みんな知ってるとおり、簡単なことほど難しい。
※
こういうのは初めてではない。もう15年近く前、Tの体調がいちばん悪かった時期、当時勤めていた会社を辞めて、ほぼ2年の間、通院と家事に専念したことがある。そのときも、もともとの持病に加えて、崩れた生活パターンと食生活が体調悪化の大きな原因だった。
他の病院でどうにもならないような状態のとき、今通っている東洋医学の病院に出会い(後でわかったけど、実はかなり有名な先生だった)、鍼と漢方の治療に加えて、生活パターンと食事の大切さを厳しく説かれた。
その時期を乗り越えてきた経験から、生活パターンや食事、そして精神的な安定がいかにカラダと密接につながっているかは、誰よりも理解してるつもり。だけど、理解したからその通りにできるほど現実は甘くないわけで。
仕事復帰して気がついてみたら、いつの間にか早朝から深夜まで仕事をし、昼間はろくなものを食べず、夕食は夜中に帰ってから、1日の会話は食事の間の15分みたいな生活に陥り、そこにTを巻き込んでいる。このままじゃいけないと思いながら、あれだけ苦労して取り戻したものを使い切ってきたのが、この数年間だったかもしれない。
本当に、簡単なことほど難しいんだ。
だから、(ちょっと遅かったとは言え)今回仕事を休むという決断ができたことは、とても大きかった。
生活サイクルと食事の内容を保つことを最優先に2週間やってきた結果、おそらく来週には8割方復帰できる見込みのところまで回復してきた。
※
で、本題はここから。
改めて痛感するのは、本当に重要な問題に直面したとき、どれほど効率的に、合理的にタスクをこなす方法があっても意味をなさないということ。GTDもその他のいわゆるライフハック的な手法やツールも、ことごとく。
よく「仕事と家庭の両立」という言い方があるけど、やるべきことはあまりにもたくさんあり、その全てが重要だ。順番にこなしていても終わらないし、自分にとっての必要性と外的な要求が矛盾しているから、優先順位はそもそもつけられない。
そんなあれこれがただリストになっていたら、途方に暮れるかパニックになるしかない。
そんなときは、自分にとっての軸を1本設定して、必要なことを「ただやる」以外にできることはない。
※
そのためにひとつ、例外的に役立つ手法/ツールがある。もちろんそれはマンダラートだ。
いわゆるタスク管理ツールやTo-Doリストとマンダラートが違うところは、マンダラートのフォーマットである「マンダラ」には「中心」があるということ。
「今日1日やること」というマンダラをつくるとする。中心には、その日がどんな日であってほしいかが入る(入らなくてもいいけど、この場合入れる)。今日は何のためにあるのか? 今日はどんな一日であってほしいか?
中心にはあくまでも「自分」を持ってくるのが約束。周囲からの要求ではなく、自分の願望、自分にとっての必要なことが入る。
今の自分にとっては、疑いなくそれは生活リズムと食生活を立て直して、Tの体調を回復させることだ。だから「夫婦の生活と体調の立て直し」と入れる。体調を崩してるのは妻だけど、自分の体調だっていいとは言えないので、自分も含めて。
次に周辺セルに「やること」を入れる。
マンダラでは周辺セルと中心セルはイコールの関係になる。つまり周辺セルに書き込むこと(≒タスク)は中心セルと矛盾しない必要がある。だから書き込める内容は、自動的に中心と一致する、あるいは中心を成立させるための行動になる。
さらに、以前も書いたように、マンダラに書けることは基本的に8つまでだ。つまり今日できることは8つしかない。
やるべきこともやりたいことも大切なことも重要なことも山ほどあるけど、「中心セルと矛盾しない行動を8つまで」という枠がはまると、今の状況の中でできないこと、後回しにするべきことは、自然にこぼれ落ちていく。
じゃあ、こぼれ落ちたものはどうするのかというと、それは仕方ないと割り切るのだ。それでもいいと確信できるのが、マンダラートのすごいところ。
今回の休み中、日々のマンダラに入っている内容は、基本的に以下の8つに関わることだけだ。
休み中の1日のマンダラ
個別の1日のマンダラは、基本的にこのバリエーションになる。それ以上のことは今はできないし、やろうとすれば中途半端になることを、マンダラの「8つ」という制限が教えてくれる。
これ以上しないと簡単にいうけど、そもそもここに書かれていることをみっちり真剣にやると、見事に朝8時から夜11時までの時間が埋まる。2時間くらいの自由時間を残して。
※
職場ではたくさんの人に迷惑をかけているけど、自分のしてることが間違ってはいないことを確信できるのは、マンダラの中心と行動が一致しているから。
考えてみれば、昔会社を辞めてTの治療に専念することを決断したときも、逆に今の会社の社員になることを決めたときも、マンダラートがきっかけの1つになっている。
その意味で、自分で思う以上にマンダラートとその哲学に大きな影響を受けているのかもしれない。
※
来週から徐々に仕事復帰する予定だけど(おかげさまで!)、これから先の働き方も含めてどうするべきかは、しばらく考え続けることになると思う。
もちろん、マンダラートで。
※
手法としてのマンダラート及びiPhone/iPad用アプリ「iMandalArt」については、mandal-art.comを参照してください。
休んで何してるかといえば、毎日3食ごはんをつくり、漢方の先生に指示された薬膳(的なもの)をつくり、食器を洗い、洗濯をすること。そして、家にちゃんといて、会話をすること。
それだけ。とても簡単。
とても簡単なことなんだけど、みんな知ってるとおり、簡単なことほど難しい。
※
こういうのは初めてではない。もう15年近く前、Tの体調がいちばん悪かった時期、当時勤めていた会社を辞めて、ほぼ2年の間、通院と家事に専念したことがある。そのときも、もともとの持病に加えて、崩れた生活パターンと食生活が体調悪化の大きな原因だった。
他の病院でどうにもならないような状態のとき、今通っている東洋医学の病院に出会い(後でわかったけど、実はかなり有名な先生だった)、鍼と漢方の治療に加えて、生活パターンと食事の大切さを厳しく説かれた。
その時期を乗り越えてきた経験から、生活パターンや食事、そして精神的な安定がいかにカラダと密接につながっているかは、誰よりも理解してるつもり。だけど、理解したからその通りにできるほど現実は甘くないわけで。
仕事復帰して気がついてみたら、いつの間にか早朝から深夜まで仕事をし、昼間はろくなものを食べず、夕食は夜中に帰ってから、1日の会話は食事の間の15分みたいな生活に陥り、そこにTを巻き込んでいる。このままじゃいけないと思いながら、あれだけ苦労して取り戻したものを使い切ってきたのが、この数年間だったかもしれない。
本当に、簡単なことほど難しいんだ。
だから、(ちょっと遅かったとは言え)今回仕事を休むという決断ができたことは、とても大きかった。
生活サイクルと食事の内容を保つことを最優先に2週間やってきた結果、おそらく来週には8割方復帰できる見込みのところまで回復してきた。
※
で、本題はここから。
改めて痛感するのは、本当に重要な問題に直面したとき、どれほど効率的に、合理的にタスクをこなす方法があっても意味をなさないということ。GTDもその他のいわゆるライフハック的な手法やツールも、ことごとく。
よく「仕事と家庭の両立」という言い方があるけど、やるべきことはあまりにもたくさんあり、その全てが重要だ。順番にこなしていても終わらないし、自分にとっての必要性と外的な要求が矛盾しているから、優先順位はそもそもつけられない。
そんなあれこれがただリストになっていたら、途方に暮れるかパニックになるしかない。
そんなときは、自分にとっての軸を1本設定して、必要なことを「ただやる」以外にできることはない。
※
そのためにひとつ、例外的に役立つ手法/ツールがある。もちろんそれはマンダラートだ。
いわゆるタスク管理ツールやTo-Doリストとマンダラートが違うところは、マンダラートのフォーマットである「マンダラ」には「中心」があるということ。
「今日1日やること」というマンダラをつくるとする。中心には、その日がどんな日であってほしいかが入る(入らなくてもいいけど、この場合入れる)。今日は何のためにあるのか? 今日はどんな一日であってほしいか?
中心にはあくまでも「自分」を持ってくるのが約束。周囲からの要求ではなく、自分の願望、自分にとっての必要なことが入る。
今の自分にとっては、疑いなくそれは生活リズムと食生活を立て直して、Tの体調を回復させることだ。だから「夫婦の生活と体調の立て直し」と入れる。体調を崩してるのは妻だけど、自分の体調だっていいとは言えないので、自分も含めて。
次に周辺セルに「やること」を入れる。
マンダラでは周辺セルと中心セルはイコールの関係になる。つまり周辺セルに書き込むこと(≒タスク)は中心セルと矛盾しない必要がある。だから書き込める内容は、自動的に中心と一致する、あるいは中心を成立させるための行動になる。
さらに、以前も書いたように、マンダラに書けることは基本的に8つまでだ。つまり今日できることは8つしかない。
やるべきこともやりたいことも大切なことも重要なことも山ほどあるけど、「中心セルと矛盾しない行動を8つまで」という枠がはまると、今の状況の中でできないこと、後回しにするべきことは、自然にこぼれ落ちていく。
じゃあ、こぼれ落ちたものはどうするのかというと、それは仕方ないと割り切るのだ。それでもいいと確信できるのが、マンダラートのすごいところ。
今回の休み中、日々のマンダラに入っている内容は、基本的に以下の8つに関わることだけだ。
休み中の1日のマンダラ
- 食事:化学調味料とインスタント食品を一切使わない食事を自分の手で三食作ること。大量の野菜を使うこと。シンプルに調理すること。美味しいこと。東洋医学の先生から言われている、薬として効果のある食材を1日2回調理すること(今は梨スープと緑豆スープ)。
- 買い物:必要な食事をつくるための新鮮な食材を毎日買うこと。
- 病院:必要に応じて本人の代わりに病院に行って、薬を受け取り、先生に状況を話しアドバイスを受けること。
- メンテナンス:洗濯や食器洗い、風呂掃除など、最低限のメンテナンスをすること。
- 会話:Tとたくさん話をすること。
- 最低限の仕事:仕事上かかってくる電話は可能な限り受けること。ただし、自分でないとわからないことなど、最低限必要なことのみ対応すること。
- 運動:自分の体調を維持するために、軽くてもいいので毎日運動すること。
- バランス:自分の精神のバランスを維持するために移動時間や早朝の時間で翻訳やブログの更新をすること。自分にもTにもストレスをためないために、無理にがまんをしないこと(たまには甘いものやスナック菓子だって食べる)。これは、挫折しない秘訣。
個別の1日のマンダラは、基本的にこのバリエーションになる。それ以上のことは今はできないし、やろうとすれば中途半端になることを、マンダラの「8つ」という制限が教えてくれる。
これ以上しないと簡単にいうけど、そもそもここに書かれていることをみっちり真剣にやると、見事に朝8時から夜11時までの時間が埋まる。2時間くらいの自由時間を残して。
※
職場ではたくさんの人に迷惑をかけているけど、自分のしてることが間違ってはいないことを確信できるのは、マンダラの中心と行動が一致しているから。
考えてみれば、昔会社を辞めてTの治療に専念することを決断したときも、逆に今の会社の社員になることを決めたときも、マンダラートがきっかけの1つになっている。
その意味で、自分で思う以上にマンダラートとその哲学に大きな影響を受けているのかもしれない。
※
来週から徐々に仕事復帰する予定だけど(おかげさまで!)、これから先の働き方も含めてどうするべきかは、しばらく考え続けることになると思う。
もちろん、マンダラートで。
※
手法としてのマンダラート及びiPhone/iPad用アプリ「iMandalArt」については、mandal-art.comを参照してください。
中心セルにキーワード、周囲8つのセルにはキーワードと関係する情報を並べるルールを「やることリスト」に活用することが、これほど強力な道具になるとは!
マンダラートの階層的に思考を広げて行く点に目が行ってしまい、制限という機能を見落としていた気がします。3 x 3 のセルだけが見える簡潔な画面。上から下への1次元の流れではなく、中心セルと周囲のセル8つの2次元配置がミソでしょうか。
でもそれ以上に、この記事に感激しています。これまで出会った数多あるハウツー本や記事の中で、もっとも説得力のある解説のひとつでした。ここに書かれていることは、ハウツー以上のハウツーだと思います。
そして、ブログのもつ可能性の大きさも教わった気がします。この説得力は、ここで連綿と紡がれてきた、色んな情報が合わさって生まれるものだと感じたからです。書籍などの媒体では、なかなか難しいことではないでしょうか。
by gofujita (2012-10-31 17:58)
>gofujitaさん
広げていく(拡散)だけでなく、収束や制限という機能を持っているところが、マンダラートと他の発想法の大きな違いですね。
gofujitaさん、マンダラートも使われてるんですか?
「フォーカス」に共感する人なら、きっとマンダラートが肌に合うと思うんですよね。逆に便利さや効率性を求める人は、受け付けない人も多いと思います。
近いうち、本館の方にマンダラートのコーナーを作ろうと思ってます。実はマンダラート関連の記事が、いちばんアクセスが多いんです。
ブログの可能性については……、本当はブログを複数に分けるべきなんじゃないかといつも悩んでます。
いつもありがとうございます。<(_ _)>
by Tak. (2012-11-03 11:35)
マンダラート、使ってますよ。レオ・バボータにデイブ・ワイナー、Opal や OmniOutliner と同様、Renji Talkで出会い、今は生活の一部になったもののひとつです。
ただアウトライナーとはちがい、日々使い続けるという道具ではなく、しばらく放っておいてはまた使ってみるというパターンでつきあってます (たしか、これも以前 Tak.さんが書いてましたよね..。改めて納得です)。
マンダラートのコーナー、楽しみにしています。マンダラートの人気があるなんて、嬉しいですね。
by gofujita (2012-11-05 17:37)