言葉のピースの実験場、そして読んでもらうこと [Diary]
なぜか「11月は自分の好きなブログを告白する月」なんだそうで、ふーんと思っていたら、今年は何人かの方に「好きなブログ」として紹介していただいた。
11月は好きなブログを告白する月です - ウラガミ
R-style » 11月と言えば自分の好きなブログを告白する月らしいです。 ~3rd Edtion~
11月と言えば自分の好きなブログを告白する月(2013) | るうマニア
内容的にはちょっと(きゃっ☆)てなっちゃうのですが。
けっこう長くブログ書いてるけど、こういう反応をいただいたことは初めて。しかもその方々のブログは、もともとぼく自身が好きで読んでいたもので、しかもその人たちを介して多くの素敵なブログを知ったりもしている。
そういう人たちに読んでもらえて、しかも好きなブログとして紹介してもらえるというのは、率直に言ってとてもうれしかったです。
R-styleの倉下忠憲さんなんか、本棚の正面に入ってる本の著者ですよ。今さらだけどすごい時代だなあ(←としより)。
■
そんな機会なので、これまであんまり書いたことのない、ブログWord Pieceについて、ちょっとだけ自己言及。
もともとは「本館」ことRenji Talkに対する「別館」として、日記的などうでもいいことを書く場所だった。まとまった内容のあるものは本館。どうでもいい雑多ものは別館。そんな棲み分け。
まとまった内容のあるものとは、もちろんアウトライナーの話。後にはレオ・バボータを中心とする翻訳、そしてマンダラートが加わった。
対するブログの内容は何でもあり。当初は更新頻度も今よりずいぶん高かったし、今ならツイートで充分な短い瞬発ネタが多い。ブログのタイトルだってWord Pieceではなかった。
■
棲み分けが崩れ始めたきっかけは、「まとまった内容のあるもの」ではないけど「(自分にとって)決して軽くはない」内容の記事が、いつの間にか紛れ込むようになってきたこと。
具体的には、このあたりが転換点だった気がする。
閉じる技術
粘土ライオンの墓場(2009-1-21)
意識の中に飛んでくる言葉(ワードかもしれないし、フレーズかもしれないし、センテンスかもしれない)をキャッチして、アウトライナー(この頃はOPAL)に放り込んでいく。
そのうちに、まったく関連のなかったピースが結びついて有機性を帯びてくる。その有機性に逆らわずにリズムとメロディを整えているうちに、予想もしなかった内容になってしまったような記事。
そんなことを書くつもりじゃなかったとか、自分の中にはこんなものがあったのかとか、心の奥の奥にずっと封じ込められていたものとか、そんなものが意図せず言語化されてしまったような。
■
そのこと自体、自分がもともと持っていた、文章を書くプロセスに対する興味と深く関係するところがある。そう強く意識するようになってから、自分にとってのブログの意味が変わってきたのだと思う。
たぶんそれは、言葉のピースを操作すること、そのための技術、そのための道具、そしてその結果。自分にとってとても意味があるらしい、そしてとても重要でもあるらしいそれらのことの、実験場みたいなものだ。
■
決して読者の多いブログではない。現在のPVは更新した日で1000いくかいかないか。更新しなければ600〜800くらい。
PVが増えればもちろん嬉しいけど、そのための努力はほとんどしたことがない。そのためにいろんなことをする時間があったら、記事本体を書きたい。
使える時間は基本的に週末の3〜4時間。一本記事を公開するまでだいたい2時間くらいかかるから、記事を書く以外のことをすると、その週は更新できなくなってしまう。
それに、そういうことは向いていない。向いてないし、特に好きでもないことをやろうとしても、たぶんうまくできない。
■
結局、やってるのはきわめて個人的かつ、やりたいことだけ。向いてると思うことだけ。結果的に内容は雑多かつランダムになっている。ただし、その範囲内ではそれなりに、かなり真剣にやっている。
その結果として読んでくれる人がいて、その中で何人かの方が「好きなブログ」として紹介してくれる。それは、ぼくにとってはただPVが増えることよりも、ずっとずっと素敵なことです。
■
いつもありがとうございます。<(_ _)>
11月は好きなブログを告白する月です - ウラガミ
R-style » 11月と言えば自分の好きなブログを告白する月らしいです。 ~3rd Edtion~
11月と言えば自分の好きなブログを告白する月(2013) | るうマニア
内容的にはちょっと(きゃっ☆)てなっちゃうのですが。
けっこう長くブログ書いてるけど、こういう反応をいただいたことは初めて。しかもその方々のブログは、もともとぼく自身が好きで読んでいたもので、しかもその人たちを介して多くの素敵なブログを知ったりもしている。
そういう人たちに読んでもらえて、しかも好きなブログとして紹介してもらえるというのは、率直に言ってとてもうれしかったです。
R-styleの倉下忠憲さんなんか、本棚の正面に入ってる本の著者ですよ。今さらだけどすごい時代だなあ(←としより)。
■
そんな機会なので、これまであんまり書いたことのない、ブログWord Pieceについて、ちょっとだけ自己言及。
もともとは「本館」ことRenji Talkに対する「別館」として、日記的などうでもいいことを書く場所だった。まとまった内容のあるものは本館。どうでもいい雑多ものは別館。そんな棲み分け。
まとまった内容のあるものとは、もちろんアウトライナーの話。後にはレオ・バボータを中心とする翻訳、そしてマンダラートが加わった。
対するブログの内容は何でもあり。当初は更新頻度も今よりずいぶん高かったし、今ならツイートで充分な短い瞬発ネタが多い。ブログのタイトルだってWord Pieceではなかった。
■
棲み分けが崩れ始めたきっかけは、「まとまった内容のあるもの」ではないけど「(自分にとって)決して軽くはない」内容の記事が、いつの間にか紛れ込むようになってきたこと。
具体的には、このあたりが転換点だった気がする。
閉じる技術
粘土ライオンの墓場(2009-1-21)
意識の中に飛んでくる言葉(ワードかもしれないし、フレーズかもしれないし、センテンスかもしれない)をキャッチして、アウトライナー(この頃はOPAL)に放り込んでいく。
そのうちに、まったく関連のなかったピースが結びついて有機性を帯びてくる。その有機性に逆らわずにリズムとメロディを整えているうちに、予想もしなかった内容になってしまったような記事。
そんなことを書くつもりじゃなかったとか、自分の中にはこんなものがあったのかとか、心の奥の奥にずっと封じ込められていたものとか、そんなものが意図せず言語化されてしまったような。
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そのこと自体、自分がもともと持っていた、文章を書くプロセスに対する興味と深く関係するところがある。そう強く意識するようになってから、自分にとってのブログの意味が変わってきたのだと思う。
たぶんそれは、言葉のピースを操作すること、そのための技術、そのための道具、そしてその結果。自分にとってとても意味があるらしい、そしてとても重要でもあるらしいそれらのことの、実験場みたいなものだ。
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決して読者の多いブログではない。現在のPVは更新した日で1000いくかいかないか。更新しなければ600〜800くらい。
PVが増えればもちろん嬉しいけど、そのための努力はほとんどしたことがない。そのためにいろんなことをする時間があったら、記事本体を書きたい。
使える時間は基本的に週末の3〜4時間。一本記事を公開するまでだいたい2時間くらいかかるから、記事を書く以外のことをすると、その週は更新できなくなってしまう。
それに、そういうことは向いていない。向いてないし、特に好きでもないことをやろうとしても、たぶんうまくできない。
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結局、やってるのはきわめて個人的かつ、やりたいことだけ。向いてると思うことだけ。結果的に内容は雑多かつランダムになっている。ただし、その範囲内ではそれなりに、かなり真剣にやっている。
その結果として読んでくれる人がいて、その中で何人かの方が「好きなブログ」として紹介してくれる。それは、ぼくにとってはただPVが増えることよりも、ずっとずっと素敵なことです。
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いつもありがとうございます。<(_ _)>
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