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ここにはいない猫の名前を呼んだ罪 [Diary]

チョビが突然帰ってきた夢を見た。

チョビはハスキー犬、ではなく子どもの頃実家で飼っていた猫。中学二年のときに死んだ。そのチョビが、帰ってきた夢。



明け方、窓の外で聞き慣れた鳴き声がする(そう、30年以上聞いてなくても、その声は「聞き慣れて」いる)。

祖母が起き出してきて窓を開ける(祖母も20年近く前に亡くなっている)。

吹き込んでくる冷たい風の中、祖母が「チョビなのかい?」と呼びかける。聞き慣れた鳴き声がそれに答える。

「やっぱりチョビなのね?」

起き出して祖母と一緒に窓から顔を出す。姿は見えない。でも、呼びかけるまでもなくその声がチョビであることはわかっている。

チョビが帰ってきたのなら、今日は全ての予定をキャンセルしようと思う。仕事も友人と会う約束も。彼女だって、チョビには会ったことがない。チョビの好きななまり節と海苔を買ってこないと。

でも、チョビの姿はどこにも見えない。すぐ近くで声がするのに。外では雪が舞い始めている。早く窓を閉めないと、祖母の体にさわる。祖母の青白い足が冷たく冷えているのがわかる。でも、窓を閉めてしまったら二度とチョビに会えないことをぼくは知っている。

大きな声でチョビを呼ぶ。それからもう一回。そして突然、チョビが帰ってくるはずなどないことに気づく。ぼくは急いで窓を閉めようとする。でも閉まらない。祖母が窓を押さえているのだと思う。

祖母の手を思いっきり振り払う。そしてそのときの自分の乱暴さにぞっとする。あわてて祖母を助け起こそうとする。でも祖母の姿はどこにもない。部屋は暗く冷え切っている。自分の他に誰もいない。

そうだ、チョビだけじゃなく祖母もここにいるはずがないのだ、と思う。それだけじゃない。さっきまでチョビを紹介しようと思っていた彼女も、今日は休もうと思った仕事も、チョビや祖母と同じように、最初から存在しなかったのだ。

自分がひとりだということを、忘れていたのだ。

きっと、ずっと昔に死んだ猫の帰りを喜んだ報いだ、と思う。もうここにはいない猫の名前を呼んだ罪。



そんな夢をみたのは、たぶん昨日の夜、散歩の途中で車にやられてしまった猫に会ったから。

横たわる猫の前に、若いカップルがたたずんでいた。

おそらく、どこかしかるべき処置をしてくれるところに連絡したのだろう。そして、それまでの間放置して何度も車に轢かれたりしないようそこに立ってくれているのだろう。なんとなくそんな気がした。

「しかるべき処置をしてくれるところ」がどこなのかは、この際問わない。もう夜だったし、いずれにしてもそこに放置しておくよりはましだから。

もしその人たちがいなかったらおそらく自分たちが同じことをしているだろうから。

それは、猫を飼うことはできないけど、路地や公園で猫を見かけてはささやかな喜びを感じながら生きている人間の、せめてもの役割だと思うから。



そのときに、どこか不思議な経路をたどった涙(みたいなもの)が、その夢になったのだろうと。
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