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幻想の連れ込み [Diary]

久しぶりに実家に帰ったら、道路を挟んで筋向かいにあった「駿河旅館(仮名)」がなくなっていて、跡地には3軒の建売住宅が建っていた。狭い敷地ぎりぎりに押し込められた感じの、それでも精一杯明るく陽が当たる(南欧風チックな)感じにつくられた家。そこに住む若い夫婦。ちょっと不思議な感じ。

「駿河旅館(仮名)」は馴染みのビジネス客を相手にする小さな旅館だったけど、かつては「連れ込み」だったそうだ。

一応解説しておくと、「連れ込み(連れ込み旅館、連れ込み宿)」とは今でいうラブホテルの原型で、ウィキペディアによれば「第2次世界大戦後には焼け跡での青姦を避けるため」に登場した、そうです。

子どもの頃、実家の周囲には何軒か同じような由来の旅館があった。だいたいは「○○旅館」「旅莊○○」というような名前で、常連客相手にほそぼそと営業している。

今でこそ住宅が建ち並んでいるけれど、昭和40年代の前半くらいまで、このあたりは竹藪と雑木林が残る、暗く人通りの少ない場所だった。それでいて駅前の繁華街から歩いて5分だから、まあ「連れ込み」には絶好の立地ですよね。

もっともぼくが物心つく頃にはみんな普通の旅館に鞍替えしていたし、例の「駿河旅館(仮名)」以外はやがて廃業してしまったから(「雑木林ごと整地されて大きなマンションが建った)、実際に「連れ込み」として営業している様子を目にしたことはない。

でも、大人たちの思い出話を横で聞いて育ったせいで(「よくアベックが間違えてうちの玄関に入ってきてさ——笑」)、頭には想像上の「連れ込み」のイメージが焼き付いてしまっていた。

夜ごと、暗い竹藪と雑木林の中に転々と旅館の灯りがともる。その中を一組また一組、カップルが腕を絡ませ、あるいは不自然に3メートルくらいの距離を保ったままひっそりとやってきては、灯りのどれかに吸い込まれていく。

そのイメージがぼくは嫌いではなかった。

夏の夜。
空には
青白い月。
虫の声。

幻想的で官能的。

高校生の頃、なかなか思うように距離が縮まらない彼女とワルイコト(イイコト)するチャンスを捉えるのにすごく苦労しながら、妄想の中で彼女を「連れ込む」場所はなぜか雑木林の中に光るあの「連れ込み」だった。

ぼくの中の「連れ込み」は、その即物的な呼び名と裏腹に、幻想的で官能的で密やかで、それでいてアットホームで暖かみかあって守られた、素敵な場所だった。

結局その彼女とワルイコト(イイコト)はできなかったけどさ。

「駿河旅館(仮名)」跡地の陽の当たる建売住宅に住む若い夫婦の様子を眺めながら、そんなことを思い出すなど。

(きゃっ☆)
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