アウトライナーを使うとファイルの概念が消えていく [アウトライナー]
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長年アウトライナーを使っていて、少なくとも文章を書く作業に関するかぎり、書きかけの文章はすべてひとつのアウトラインに入れておくのがいちばん合理的だと思うようになった。
(もちろんこれはプライベートの話で、シゴトではPowerPointやExcelのファイルを納品したり共有したりするのでそういうわけにはいかないのだけど)
ブログの記事でも翻訳でも、未完成の文章はすべてひとつの巨大なアウトラインに入っている。
何か書くことを思いついたらアウトライナーに新しいトピックを立てて、その下に内容を書き出していく。
アウトラインの中でだいたいの内容を組み立てたら、エディタに貼り付けて読みやすいように整える。でも文章を公開なり送信なりが終われば、保存せずに消してしまう。ここではエディタは単なるテキスト成型の道具でしかない。
そうなると実感するのは、自分の中からファイルという概念が自然に消えていくということ。個人的には、そうなってはじめてアウトライナーの威力を実感できるとさえ思っている。
(ここでいうアウトライナーは「プロセス型」のアウトライナーを前提にしている。プロセス型アウトライナーについては以下の記事を参照してください)
アウトライナーにはプロセス型とプロダクト型がある
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いくつか要素があるけれど、まずは「速さ」。
何か書くことを思い付く。それは文章の中のひとつのフレーズかもしれない。パラグラフの要約かもしれない。キーとなるメッセージかもしれない。見出しの案かもしれない。構成案かもしれない。今書いてる文章とはまったく関係ないアイデアかもしれない。
通常のワープロやエディタを使っている場合、それは今開いているファイルのどこかに書くべきことなのか、別のファイルを開いてそこに書くべきことなのか、メモ用のファイル(あるいは用紙)に書くべきことなのか。いちいち判断が必要になる。
ちょっとしたことだけど、この「判断」がばかにならない。一瞬考えたために、何を書こうとしていたか忘れることもある。判断を間違って後から見つからなくなることもある。
なぜそういうことが起こるかというと、「ファイル」に縛られているからだ。
全てが一つのアウトラインに入っていれば、思い付いたことは新しいトピックを立ててただ書けばいい。新規ファイルを作る必要もなければ保存先を決める必要もない。ただ書いておいて、後で適切な場所に動かせばいい。
全体の構造を俯瞰して「適切な場所」を見つけ出し、「後で適切な場所に動かす」ことこそ、アウトライナーが最も得意とする作業だ。長大なテキストファイルをスクロールして、コピー&ペーストするのとは比べものにならないほど楽だ。
思ったことをすぐに記録し、高速でつなぎ替える感覚。これが、アウトライナーを使っているときに感じる「速さ」の正体だ。
関連記事:
アウトライナーの「速さ」
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もうひとつは、文章を構成する最小単位のパーツが集合離散することによる効果。
「ファイル」という壁に分断されていた個別のトピックが、内容問わず、分け隔て無く、ぎっしり詰め込まれたアウトライン。
ちょっとシェイクすればトピック同士が互いにふれ合い、引き寄せ合い、反発する。時には異質なもの同士が化学反応を起こし、発火し、新たなトピックを生む。そしてまた他のトピックと接触する。分裂と増殖、死と再生を繰り返す細胞みたいに。
やがてトピック同士の固まりが自然に成長を始める。自立性・有機性を帯びてくる。これはひとまとまりの文章なのだという感覚が生まれる。
そうしたら仮でいいのでタイトルをつけて、塊全体をその下にくくる。内容を仕分けし、見出しで分類し、最適な流れに並べ替える。それは時と場合によって、ロジカルな順番だったり気持ちいい順番だった意外な順番だったり敢えてランダムだったりするけれど、アウトライナーなら見出し部分のみを表示させた状態で組み立て作業ができるから楽だ。
流れが決まったら、文章として仕上げていく。
好みにもよるけど、トビックをできるだけ細かく区切っておくと(決まりはないけれど、個人的には呼吸のリズムくらいがちょうどいい)、センテンスを組み立てる作業にもアウトライナーの機能が使える。多くのアウトライナーにはショートカットキーで項目を並び替える機能があるから、それで文章のリズムとメロディを調整する。
つまり、小さな思いつきの断片をキャッチし、発酵させ、組み立て、最終的な文章に仕上げていくプロセスのほとんどを、ひとつのアウトラインの中でシームレスに行っていることになる。
複数のファイルに分かれていたら、こういうふうにはならない。
アウトライナーの持つこうした本質には、アウトライナーを開発する側でも気づいていないことが多いのではないかと思う。完全に自覚的なのは、ファイルの概念を完全に捨てたWorkFlowyだ。
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じゃあ、何でもアウトライナーで済むのか、というとそうでもない(これはるうさんの指摘であらためて気づいたこと)。
アウトプットした「完成品」の文章をアウトラインの中に入れたままにしておけば、再びトピックの集合離反が始まる。
アウトラインは永久に完成しない。なぜならアウトラインは流動的だからだ。だからこそ「未完成」なものを扱うには最適だけど、完成したものを扱うには向いていないのかもしれない。
るうさんの指摘する通り、完成品を完成品として保管し活用するためには、ファイル単位、あるいはEvernoteのような「ノート」単位になっている方がおそらく都合がいい。
ことあるごとに、Evernoteにシンプルなアウトライナーの機能がついたらと発言してきたけど、「全てを記憶する」をキャッチフレーズとしてきたEvernoteに、アウトライナーは必要ないのかもしれない。
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あれ、でもEvernoteのキャッチフレーズ、最近変わったよね。
記憶の場所から「ワークスペース」へ。
だとすると、やっぱり…。
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以下は、この記事の元になったTwitter上のやり取りです。何の気なしに、即興的に始まるブレスト。Twitterのサニーサイド。
@takwordpiece あのね、アウトライナーだと他のENやWordの文書単位システムと違って“ゴミ箱に入るもの”がなくなるのかなー。というか消去の仕方が異なるのかなーとふと思ったんだけれど どうだろうか。
— るう@土瓶蒸し (@ruu_embo) 2014, 10月 27
@ruu_embo あー、それはあるかも。ファイルの概念がなくなって、捨てるにしてもパーツごとになる
— Tak. (@takwordpiece) 2014, 10月 27
@takwordpiece 今回おさらいしてw evernoteやスクリブナーのノート単位の利点と欠点というのが再度わかった感 あと、好きなところを抽出してコビーとかするのも捨てるのと一緒で自由度高いよね。繰り返しタスクに向いてる
— るう@土瓶蒸し (@ruu_embo) 2014, 10月 27
@ruu_embo 普通のエディタやワープロはファイルという単位に縛られる。Evernoteはそこから自由になったけどそれでもノートという単位に縛られる。アウトライナーはそれさえなく最小単位のトピックが集合離散を繰り返す。
— Tak. (@takwordpiece) 2014, 10月 27
@ruu_embo ただしアウトライナーの開発側も本当にはそこに気づいてないことが多い。100%自覚的なのはWorkFlowy。
— Tak. (@takwordpiece) 2014, 10月 27
@takwordpiece なので未完成なものを扱うには最適なのですね 記事とかもう凝り固まったものをハンドルするにはevernoteのような“決まった単位”で充分なのかと #住み分けはありそう
— るう@土瓶蒸し (@ruu_embo) 2014, 10月 27
@ruu_embo です。一つの形として完成(固定)したものはノートの形式の方が扱いやすい
— Tak. (@takwordpiece) 2014, 10月 27
@takwordpiece というかつまり、無理evernoteにアウトライナーをつけるのはどうなの?という気もしてくる、、、
— るう@土瓶蒸し (@ruu_embo) 2014, 10月 27
@ruu_embo 確かに本質的に違うものかもしれないという気もしてきた^_^; でもそれも個人の感覚であって、人によって想像もしないような使い方があり得るのはEvernoteもアウトライナーも同じですよね
— Tak. (@takwordpiece) 2014, 10月 27
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