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ミーコの500円 [Diary]

中学二年のとき、うずまき尻尾のチョビが死んだ。祖母も母も「もう猫は飼わない」と宣言していたし、実際その後数年間、実家には猫がいなかった。



とはいえ、30年間猫が途切れなかった家が簡単に猫と縁を切れるはずもなく、(起伏のある庭と2階の物干しとかわら屋根という理想の猫環境も手伝って)いつの頃からか、すらりとした体つきの三毛猫が庭に通ってくるようになった。

母も祖母も極力素っ気ない態度を貫いていたけれど、それでも姿を見ればついちちちと舌を鳴らして呼んでしまうのは猫好きの性であり、ついキャットフードを買ってきて庭に置いてしまうのも猫好きの性であり、いつの間にかミーコという名前がついていたのも猫好きの性であり。

とはいえ、ミーコに限っていつの間にか家に上がり込んでしまうという心配はなかった。

ミーコは絶対に触らせない猫だった。半径3メートル以内に近づくことは不可能だった。温かい日のつつじの木陰や2階の物干しの下ではけっこうくつろいだ格好で寝ているけれど、一定以下の距離に人間を入れることは絶対になかった。

人間が嫌いなわけではなさそうで、勝手口のすぐ外まで来て丸くなっていたり、湯船に浸かっていると風呂場の窓から中を覗いているミーコと目があったりもした。それでも家の中には絶対に入ろうとしない。もちろん、晩ご飯のおかずを盗んだりもしない。

そんなつかず離れずの(ある意味では当時の実家にとっては理想の)距離感を保ちながら、一年近くがたった。



数週間ミーコの姿を見かけないことが続いた。

うちの猫でもなんでもないし、言ってみれば単なる通りすがりのノラ猫なのでいついなくなっても不思議はなかったのだけど、気がつくとミーコが気に入って寝ていた場所を一日に何度かのぞき込んだりしてみてしまうのだった。

やがて(誰も口には出さなかったけど)ミーコはどこか別の場所に移動してもう戻って来ないのだと誰もが納得し、雨にも何度か濡れてしまったミーコ用のお皿も片づけられた頃、庭の隅の物置の方から祖母の叫び声が聞こえた。

駆けつけてみると、祖母が指さす物置の隙間から5匹の子猫がぞれぞろと、そして最後にミーコが姿を見せた。



白黒が2匹、茶トラが2匹、そしてミーコにそっくりな三毛が1匹。

クールで都会的な距離感のミーコと違って、子猫たちは遠慮なく家に侵入した。猫と距離を保とうとする家人の努力はまったく通用しなかった。

開口部が多い古い日本家屋で子猫の進入を防ぐことは不可能だった。狭い家の中を走り回り、あらゆる隙間に入り込むのでうっかり戸棚を閉めることもできない。お風呂の蓋の上に5匹が団子になっているせいでお風呂に入れないこともしょっちゅうだった。

最初のうちはいちいち捕まえてはつまみ出していた家人も、ついに根を上げた。

ある日、台所の床に子猫たちのためのお皿が並べられた。飼うと決めたわけでもなく、というか誰もそのことに直接触れようとしなかったけれど、いや、なんだかんだ言って、子猫たちはかわいかったし。

子猫たちが並んで(尻尾をぴりぴりさせながら)ミルクを飲む様子を、勝手口の外から眺めているミーコの姿が見えた。



数日後の朝、いつものようにミーコのお皿にキャットフードを補充しようとした母は、お皿の横に銀色に光るものが落ちているのを見つけた。

拾い上げてみると、それは小さな密封式のフリーザーバッグだった。中には四つに折りたたまれた五百円札が入っていた。母は思わず辺りを見渡した。ミーコは見あたらなかった。

誰がそんなものをそこに置いたのか、いやそもそもなんのためにフリーザーバッグの中にお札を入れたのか、見当もつかなかった。

当時は五百円硬貨が発行されて数年が経ち、五百円札はまだ流通していたけれど遠くない将来に姿を消すだろうという頃だから、記念に保存しようとしたのだろうか。

でも家人の誰にも、500円札をフリーザーバッグに入れて保存した記憶はなかった。



ミーコは二度と姿を現さなかった。後にはミルクのお皿を前に尻尾をぴりぴりさせる5匹の子猫たちが残った。

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