SSブログ

オールドトーク [Diary]

実家は古い家だ。

文化財級の古さというわけではないけれど、昭和20年代に祖母が10代の母を連れて引っ越してきた時点で「ずいぶん古い家だな」と思ったというから、「古い家だ」と言い切って構わないだろう。

その上、もともとは誰かの仮住まい用の別宅として建てられたものらしく、家族が恒久的に生活をすることを前提に建てられたものではなかった。

つまりは安普請だった。
安普請で、古い。

風の強い日には二階がぐらぐら揺れた。
くみ取り式の便所に落としたものは二度と戻ってこなかった。
風呂場は別棟で(後日増築したから)、タオルを巻いたまま庭を横切っていく必要があった。
その様子は外からよく見えた。
雪見障子があったけれど、開けても隣の部屋が見えるだけだった。
大叔父と祖父の本が詰め込まれた納戸は、一目でそれとわかるほど傾いていた。

祖母にしたところで、ずっとその家に住むつもりではなかったらしい。ただいろんな事情で、気がついたらそうなってしまったのだ(そういうことって、ある)。

子どもの頃から、実家を尋ねてきた人が必ずと言っていいほど「風情がありますね」とか「レトロでいいですなあ」とか言うので、「じゃあ、住んでみやがれ」と言ったりはしなかったけど。



中学生になったとき、いちおう「自室」的なものを与えられた。かつては母の従兄弟が使っていたという部屋。それまでは父が書斎(的なもの)として使っていた。

部屋といっても、玄関に続く廊下の先端を区切って作られた、机と本棚を置いたら何も入らない二畳半ほどのスペースを「部屋」と呼べればの話(布団を敷くこともできないので、ぼくは祖母と同じ部屋で寝ていた)。

閉められるドアはなかったので(部屋の内外を区切るのは「のれん」だった)、思春期の男子が強く希求するところのある種のアクティビティ下におけるプライバシーは保証されなかった。

石油ストーブやファンヒーターを置く場所がないので、暖房は足下の小型ヒーターとホットカーペットだけだった。
窓枠がゆがんでいて、上の方がぴたっと閉まっているのに下の方は3センチくらい開いていた。冬の朝の室温は外気とほぼ変わらなかった。
窓辺に雪だって積もるんだ。
掃除機をかけるそばから壁土が落ちてきた。
本棚を置いていた場所の床は陥没していた(本の重みではなく本棚の重みで)。
家の前を車が通るとレコードがハリ飛びした。
ごく常識的な音量で聴く音楽も外に漏れた。
そして彼女ができてもこの部屋では何もできないという危機感。



ひとりっ子だったからこそ、息子のためにそのスペースを割いてもらえたのだった。小さな書斎を失った父の気持ちは、当時はわからなかった。



その部屋のひとつだけ優れていた点は、猫たちから高く評価されていたことだった。

自由に出入りできて、狭くて、登れるもの(本棚)があって、ホットカーペットがあるその部屋は、猫たちに大人気だった。最盛期に6匹いた猫たちは、好きなときにやってきては思い思いの時間をその部屋で過ごしていった。

ああ、それから車が通るたびにレコードがハリ飛びするので、友だちより早い時期にCDプレーヤーを買ってもらえたこと。



今では母がひとりで暮らしている実家に、その部屋はない。数十年の時を経て、元の廊下に戻されたのだ。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。