アウトライン・プロセッシングは「アウトラインづくり」ではない [アウトライナー]
アウトライン・プロセッシングを単なる「アウトラインづくり」だと捉えてしまうと、その可能性を限定してしまう。
同様に、アウトライナー(アウトライン・プロセッサー)は「アウトラインづくり」の道具と捉えるべきではない。
もちろん、そう捉えられても仕方のない名前が悪いのだけど。
アウトライン・プロセッシングは「アウトラインの形式を利用してコンテンツの内容を把握し、操作する技術」と考えた方がいい。そして、アウトライナーはそのための道具。
そうすれば、その用途と可能性はほとんど無限であることがわかる。
書くこと。
整理すること。
考えること。
伝えること。
説得すること。
反論すること。
読むこと。
要約すること。
理解すること。
管理すること。
ロジックを組み立てること。
体系づけること。
体系を壊すこと。
きっと、まだまだたくさんあるね。
同様に、アウトライナー(アウトライン・プロセッサー)は「アウトラインづくり」の道具と捉えるべきではない。
もちろん、そう捉えられても仕方のない名前が悪いのだけど。
アウトライン・プロセッシングは「アウトラインの形式を利用してコンテンツの内容を把握し、操作する技術」と考えた方がいい。そして、アウトライナーはそのための道具。
そうすれば、その用途と可能性はほとんど無限であることがわかる。
書くこと。
整理すること。
考えること。
伝えること。
説得すること。
反論すること。
読むこと。
要約すること。
理解すること。
管理すること。
ロジックを組み立てること。
体系づけること。
体系を壊すこと。
きっと、まだまだたくさんあるね。
ぼくがはたらいている分野(生物学、生態学の研究です)では、このナイスな(死語?)リストのすべてをどれくらい自分のものにしているかが、大きく成果に結びついています。 これまでの仕事の成果を鵜呑みにしていたのでは、オリジナリティのある研究ができないからです。
でも、日本では最後の2つ、とくに「壊す」をできる人がとても少ない気がします。
その理由のひとつは、ほとんどの日本人が自前でこの方法を編み出さなければならないことだと考えています。 たぶん今でも、日本の学校ではこの大切な方法を教えてくれないようで、やる気とポテンシャル一杯の若者たちが、目の前でどんどん挫折というか、別の道を選んで去って行きました。
ぼくは、アウトライナーとその背景にある考え方が広がることが、その現状を変える糸口のひとつになるかな..と思ってます。 初めてアウトライナーに出会ったとき、それまでいろいろ、いろいろ、いろいろ試行錯誤してきた部分が、名人芸なしに自然にできてしまった経験があるからです。 これは、Tak. さんが先のアウトライナー記事で書いていたことと、似ていると思っています。 そしてこの力は、研究などのせまい分野だけでなく、たぶんどんな人たちにも大切なものだと思っています。
今年も一年、刺激的な記事をありがとうございました。
来年が、Tak.さんにも、アウトライナーにも、よい年になりますように。
by gofujita (2013-12-30 20:30)
gofujitaさん
名人芸だと考えられていたことが、実はツールの力で解決してしまうということはたくさんありますよね。
解決というよりも、「その部分は本質ではなかったことに気づかされる」という方が近いかも知れませんが。
アウトライナー/アウトライン・プロセッシングは、確かにいろんな人の力になり得るものだと思います。
何か解決してくれるというよりも、本質ではないところに使われている(使わざるを得ない)力を解放してくれるというか。
でも、ツールや手法・技法というのはそういうものだと思います。
ぼく自身、体系をつくったり壊したりといった大それたことはできませんが「確固としているように見えた体系も、意外に簡単に壊れてしまうものなんだ」ということを実感させてくれたのは、確かにアウトライナーでした。
その実感のあるなしでは、ずいぶんものの見え方が違います。
いつも読んでいただきありがとうございます。来年もよろしくお願いします。
by Tak. (2013-12-30 23:23)
> 解決というよりも、「その部分は本質ではなかったことに気づかされる」という方が近いかも知れませんが。
> ツールや手法・技法というのはそういうものだと思います。
そう! でも、こう言えるところがすごいなあ。
この言葉は、充分に、体系をつくったり壊したりする流れを生みだすような、本質をついたメッセージだと思います。
by gofujita (2013-12-31 11:33)